広島県のお城

神辺城 (福山市)

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神辺城01
 JR福塩線の神辺駅を降りると目の前にそびえる山が神辺城跡である。あまりにも城跡だと分かりやすい山だったので思わず笑ってしまった。城跡がある黄葉山の麓には式内社である天別豊姫神社が鎮座しており、神が守る山から神奈備山となり神辺の名になったと伝えられている。
 登山道を上がってゆくとお城のような建造物がみえてくるが、そこは神辺歴史民族資料館らしい。城跡をまわってみると規模の大きな城なのだと感じた。福山城に備後の中心が移るまで、この神辺城が歴代備後領主の居城であったのも頷ける。

以下、案内板より



 神辺城は「道上ノ城」とも呼ばれ、元弘の乱(南北朝争乱)で戦功をあげた朝山景連が備後国守護職に任じられ、建武二年(1335年)築城したと伝えられています。以来神辺城は備後国の守護職の居城として使われ、仁木義長・細川頼春・高師康・上杉顕能・渋川義兼・山名時義が守護となり一時期を除いて山名氏の備後支配がつづきそれぞれ守護代が居城しています。

 戦国時代には杉原理興・平賀隆宗・杉原盛重・藤井皓玄・毛利元康が、江戸時代には福島正澄(丹波)・水野勝成が入城し、この間幾度も改築が行われ福島時代に完成をみています。

 元和五年(1619年)の水野氏が福山城築城の際には、神辺城の櫓桜や門などが取り壊され移築されたといわれてます。実に二百八十数年もの間、神辺城は備後国の中心的役割を果たしてきた城です。

神辺城02

神辺城03


展望
★★★★★
最寄の駐車場から本丸までの疲労度
★★

# 最終登城2007年12月

所在地 : 福山市神辺町
1:神辺城 2:要害山城 3:正戸山城 4:椋山城 5:志川滝山城


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