広島県のお城

猿喰城 (北広島町)

top>>山県郡

猿喰城 遠景

 猿喰城への登城はあまり乗り気ではなかった。地図からも分かる高い山。そして、猿が掛ける城なら分かるが、猿まで喰ってたのか?と疑いたくなる城名。それでも県史跡。何かしら歴史を感じさせる遺構が残っているハズだと訪れてみた。

 山の麓にて工事車両が何台も駐車していた。現在、車で頂上に行くのは困難なのだと思い麓の広まった所に駐車。そこから延々と頂上を目指して登山。道中は傾斜もきつくなく一時間位で山頂に辿り着いた。山頂にて思う事とは、「車で山頂まで来られる・・・」。激しく後悔したが、気を取り直して山頂の遺構らしきものを探してみる。しかし、それらしきモノは全く見つからず何故に県史跡なのか悩んでしまった。目の前にあるのはテレビ塔と通信設備のみ(工事中)。
 歴史的には、鎌倉時代初期に源頼政の次男又次郎が安芸に知行を得て山県国政を名乗り猿喰城を築城したとの伝説がある。時代は下って南北朝期においては、山県為継、壬生道忠が南朝方につき猿喰城に籠もるも、安芸守護武田氏に攻め落とされた。
 この遺構の県史跡指定は昭和18年となっている事から、指定された年は戦時中である。当時は皇国史観全盛期であり建武の新政を高く評価する時代であったことから、猿喰城、近隣の寺原城余谷城は県の史跡指定されたのではなかろうか。

 歴史を感じさせる遺構が見つからないまま、トボトボと山をおりた。


猿喰城 道中の滝

猿喰城 山頂部分

展望
★★★★
登城の疲労度
★★★★★ (四駆であれば山頂まで車は可能と思われ)

# 登城 2008年3月

所在地 北広島町本地
 1:日野山城 2:寺原城 3:余谷城 4:今田城 5:猿喰城


powered by 地図Z