医王山城 (三原市)

医王山城は北東と西の登城ルートがあるが北東側より登城した。猪除けの柵を越えると登山道があり、少し歩くと墓地に到着する。その墓地から堀切を超えると下段の郭群があり、その郭群から本丸への道も険しくない。本丸周辺は各所に石垣が用いられており、また本丸も屋敷が建てられそうな位に広い。長さが70~80m位はありそうだ。下草も刈られ地元の方がこまめに手入れをされているのだと感じた。
この城の築城者は木頃庄地頭職であった石原氏と伝えられ、石原氏は杉原氏の家臣となり猿掛山城をも支配していた。毛利氏の勢力が強くなると城主も毛利氏家臣となり関ヶ原後は萩に移ったと伝えられる。


展望
★★★
登城の疲労度
★★★
# 登城2008年3月
所在地 三原市深町
1:桜山城 2:城ヶ平山城 3:猿掛山城 4:茶臼山城 5:医王山城
powered by 地図Z